達谷窟毘沙門堂 別當 達谷西光寺

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達谷窟毘沙門堂 キッズ版

昔々、達谷窟では 蝦夷のかしら 惡路王あくろおうや、赤頭あかがしら 髙丸たかまるが 城を造り、女の人や 子供をさらったり 宝物をうばったりしていました。
みんな困っていましたが どうする事もできません。

ある時、惡路王らは 京の葉室中納言様の娘、ゆり姫様をゆうかいしたのです。
惡路王はゆり姫様を 窟の奥にとじこめました。
かごの鳥のようにお姫様をとじこめていたので、そこは『かごのひめ』と呼ばれるようになりました。
ゆり姫様と他のお姫様達は 髪を切られていました。
惡路王らは にげ出そうとするお姫様を 下の瀧で待ち伏せしました。
この瀧は『姫待瀧』と呼ばれました。
そしてとらえられたお姫様の髪を切り 大きな石にかけました。
髪をかけられた石は かつらの様に見えたので『髢石かつらいし』と呼ばれました。

惡路王らの悪行は とどまるところを知りません。
そこで桓武のみかどは、坂上田村麿公に、蝦夷征伐をお命じになられたのです。
ところが、惡路王ら蝦夷は強く、田村麿公は苦戦しました。

皆を助けて守るために 田村麿公が戦うと、戦の神様である 毘沙門天様が 天からおりて来て田村麿公に味方しました。
毘沙門様のおかげで 田村麿公は惡路王らを征伐し、ゆり姫様はじめ 多くの人々を救い出す事ができたのです。

坂上田村麿公は、戦に勝ったお礼に 惡路王らの住んでいた窟に お堂を建て 百八体の毘沙門様を祀り、窟毘沙門堂と名付けました。
これが達谷窟毘沙門堂の 始まりです。

これ以後、人々は毘沙門様を拝み、田村麿公に感謝して 幸せに暮らしましたとさ。
今から一千二百年以上も昔のお話です。

どんとはらい

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達谷窟毘沙門堂 別當 達谷西光寺

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